「死ぬとき一番お金持ち問題」を深読み!それは本当に幸せなのか?

今回読み解く記事
YouTube番組「鳥海翔の騙されない金融額」より
億単位の資産を持ったまま、亡くなった身内
私事だが身内で、億単位の資産を貯めたけれど、ほとんど使わないまま亡くなった人がいる。
爪に火を灯すような、つましい生活をしていた。
寒いのに暖房をつけず、酷暑の夏も「電気代がもったいないから」と冷房を我慢する。
洋服は毛玉のついたものをずっと着続け、唯一の贅沢といえば、スーパーで買った出来合いの寿司くらいだった。
彼女は「お金はたくさんある」と豪語していた。
でも、私にはそのお金が彼女の生活を楽にしているようには見えなかった。
残したお金の行く先は?
彼女が亡くなった後、お金はきょうだいをはじめとする身内や知人に分配された。
私は、それを聞いてこう思った。
「そのお金は、いったい誰のために貯められていたのだろう?」と。
生きている本人の時間を、
本人の快適さを、
本人の楽しみを、
ほとんど支えなかったお金。
私はそうした様子を身近で見て、お金は使って初めて価値があると改めて思った。
「死ぬときが一番お金持ち」になるという話
そんなときに見たのが、鳥海翔さんのYouTube番組だった。
鳥海さんは、老後資金の話をしながら、多くの人は「人生で一番お金を持った状態」で亡くなると指摘している。
身内を
貯めること自体は悪くない。
でも、貯めることが目的になると、お金は安心のための道具ではなく、ただの数字になってしまう。
鳥海さんが「老後の生活費としてベストな金額」という「年金+10万円」という考え方も、単なる金額の話ではない。
「最低限の安心に、人生を楽しむ余白をどうつくるか?」という生き方の設計だ。
還暦は「無限の時間」という前提を手放す節目
私自身、今年の5月に還暦を迎える。
還暦は「これから先の人生も無限に時間がある前提」を手放す節目だと思う。
お金の使い方も変わってきた。
・「いつか」じゃなくて「今」
・自分の人生を豊かにするためにお金を使う
・物よりも「時間と思い出」
・健康と知識への投資
これらにお金を回すことは、結果的に自分を幸せにすると実感している。
夫との旅行や食事も、その1つ。
積み上げてきた時間と労力を、自分たちで受け取る行為だと思っている。
お金を惜しみたくないのが「健康」への投資
今、最もお金をかけているのは健康を維持するための諸々だ
ヨガ、マシンピラティス、ボクシングは、まさにそれにあたる。
健康でなければ、旅行は楽しめない。
元気でなければ、食事はカロリーを満たすためのものになってしまう。
健康は節約する対象ではない。
いや、節約してはいけない対象だと思う。
お金を使って人生を楽しむための前提条件こそ「健康」なのだ。
若いころは、健康は当たり前にあるものだと思っていた。
でも今は違う。
時間とお金も使って守るものである。
お金は「いくら残したか」ではなく、「どう使ったか」が大事
貯めることを否定しているわけじゃない。
節約が好きな人もいるし、お金を貯めることで安心したい人もいる。
思うことは1つだけ。
「死ぬとき一番お金持ち」になのは、本当に豊かな人生なのだろうか?ということ。
快適さを我慢してまで守ったお金は、本当にその人の人生を豊かにしていたのだろうか?
お金は残した額ではなく、「どう使ったか」が大事。
還暦を前に、しみじみそう思う。
深読みポイント
- 死ぬとき一番お金持ちでいることは、必ずしも成功ではない
- 豊かさは資産の額ではなく、楽しい記憶の総量で決まる


