グレーヘアブームを深読み!グレーヘアは「老い」か「解放」か?

今回読み解く記事
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白髪だらけの鏡を見て、ふと考えたこと
最近、鏡を見るたびに思う。
「ああ、白髪が増えたな」と。
時間もないし、セルフで染めようか。
それともカラー専門店に行こうか。
ホットペッパーを開いて、空きを探している自分がいる。
当たり前のように「染める前提」で動いていることに、ふと違和感を覚えた。
「私は、いつまで白髪を隠し続けるんだろう」と。
若く見せることは、義務なのか?
女性は身だしなみとして、白髪を染めるもの。
私の周りだけかもしれないが、こう考えている人が多いように感じる。
特に母(間もなく90歳)世代の女性は、私よりもマメに白髪染めに行っているような気がする。
男性のグレーヘアは「渋い」と言われるのに、
女性は「老けた」「疲れて見える」と言われやすい。
私も白髪が目立ちはじめると、「みっともないから染めなさい」と未だに言われる。
間もなく還暦だというのに。
母に言われたからというわけではないが、やはり自分自身、白髪を隠したいから染める。
身だしなみとして。
だが、それでいいのだろうか。
これって、誰かに決められたルールなのだろうか。
だが実際、白髪をどうするかについて、多くの女性が揺れている。
クロス・マーケティングの調査では、女性の約6割がヘアカラーをしている一方で、
グレーヘアを「素敵だと思う」と答えた人も約4割にのぼる。
さらに「いつか白髪染めをやめたい」と考えている人は約6割いるという。
つまり、心の中では肯定しているのに、行動には移せない。
私だけが迷っているわけではなかった。
でも「きれいでいたい」は、本音でもある
私自身、反発心を覚えながらも、一方で、こうも思う。
白髪を染めて、若々しく見せたい。
生え際の白髪を隠して、生活感を隠したい、とも。
自信を持って人に会いたい。
「髪の毛、いつもきれいにしていますね」と言われたい。
鏡の中の自分に、がっかりしたくない。
女の本能とでも言うのだろうか?
染めることもまた、私の正直な選択でもあるのだ。
選択肢はたくさんあるのに
グレーヘアを見ると、「素敵だな」と思う。
自然体で、凛としていて、どこか自由に見える。
それはどこか、「解放」という言葉が似合うような気がする。
だが、私は、まだそこへ踏み出せない。
黒髪に固執しているからだ。
本当は、
染める
白髪ぼかしをする
グレーヘアにする
いくつも選択肢があるはずなのに、なぜか「染める」しか選べない。
義務ではないのに、義務のように感じている。
もしかしたら縛っているのは、社会ではなく、私自身なのかもしれない。
それは勇気ではなく「成熟」
これまで「白髪染めをやめるには勇気がいる」と思っていた。
でも最近、それは少し違う気がしている。
勇気というより、成熟。
若く見られなくてもいい。
無理しなくてもいい。
私は私でいい。
そう心から思えたとき、人は初めて白髪染めから解放される。
それは反抗でも、諦めでもなく、ただの静かな変化。
白髪は、老いのサインではなく、
「もう無理しなくていいよ」と身体が教えてくれているメッセージとも取れる。
そして私もきっと、いつか自然に、白髪染めを止める日が来るのだろう。

深読みポイント
- 白髪を染めるかどうかは、美容の問題ではなく「自分をどう受け入れるか」という成熟の問題
- 私たちは無意識の思い込みで自分の自由を狭めている


