ディズニー離れを深読み!夢の国は「高嶺の花」になったのか

「ディズニー離れ」という言葉が飛び交っている。コロナ前の3000万人には到達しないものの、入園者数は2700万人を超え、依然として人気は健在。しかし、その陰で「昔ほど気軽に行けない」という声が広がる。それにはいくつかの理由がある。
まず大きいのはチケット価格の値上げだ。現在、大人1人で1万円近い水準となり、学生やファミリーにとって「気軽にける場所」とは言いがたい。またUSJをはじめとするテーマパークの増加、音楽フェスやアウトドア、海外旅行など、選択肢が増えたことも影響している。
そしてアトラクションの待ち時間が長いこともストレス要因だ。せっかく高いチケットを買っても、人気のライドに数時間並ばなければならない。体験の満足度が「値段に見合わない」と感じる人も増えている。加えて、レストランの混雑や価格高騰も「夢の国の非日常感」を損なっている。こうした要素が積み重なり、「ディズニー離れ」という言葉に現れているのだろう。
しかし、より根本的な背景には30年近く賃金が上がらない日本経済がある。私が大学生だった頃、ディズニーランドは無理なくデートで行ける場所だった。園内で食事をして、お土産を買っても「ちょっと贅沢」程度で済んだ。だが今は「かなり贅沢な場所」になってしまった。4人家族であれば入場料だけで4万円。レストランでの食事、スナックやドリンクを加えれば、軽く数万円を超える。お土産を買えばさらに出費はかさみ、トータルで一度の来園に6~8万円は覚悟しなければならない。
つまり「ディズニー離れ」の本質は、人々がディズニーランドで夢を見なくなったのではなく、「夢を買う余裕がなくなった」ということではないかと推測する。
さらに重税も拍車をかけている。社会保険料や消費税の負担が増え、手取りが減る中、「夢の国」はますます遠のいていく。悲しいかな娯楽を楽しむ自由は、可処分所得の多寡に左右されるようになってしまったのだ。
深読みポイント
- 「ディズニー離れ」は、値上げ・混雑・体験効率の低下だけが理由ではない。
- 長期の賃金停滞と重い負担が重なって、家族レジャーのハードルが上がった。
- 離れているのは夢ではなく、家計の余力。
- 私たちは可処分所得の範囲内で「何にいくら払うか」を設計し直す時期に来ている。

