居酒屋の「年齢制限」を深読み! 年齢制限は差別なのか?

年齢制限居酒屋は、なぜ生まれたのか?

最近、「40歳以上お断り」を掲げる居酒屋が増えている。
「年齢による入店制限は差別ではないか?」という声も少なくない。

一見すると、年齢という属性で客を線引きするやり方は、乱暴で排他的にも見える。

だが、今回の報道を丁寧に読んでいくと、そこには単なる差別とは異なる、飲食店の切実な事情が浮かび上がってくる。


飲食店が売っているのは「料理だけ」ではない

私はこの年齢制限に、どちらかといえば賛成だ。

安価な居酒屋であれば、若い人(だけじゃないけど)が多少騒いでいても気にならない。
それも含めて、その価格帯に見合った店だと思っている。

だが、ある程度の金額を払う店では話が変わる。

料理の味だけでなく、落ち着いた空間、会話のしやすさ、居心地の良さ。
それらすべてを含めて、代金を支払っていると思っているからだ。

実は飲食店が売っているのは「料理」だけではない。
時間、会話、居心地まで含めた「空間」なのだと思っている。


京都で味わった「空気が壊れる瞬間」

私自身、そのことを強く実感した出来事がある。

京都の某店で食事をしていたとき、隣の席に入ってきた若い団体客が、耳をふさぎたくなるほどうるさかったのだ。

声は果てしなく大きく、雄たけびにも近いこともあった。
こちらの会話はほとんど聞き取れない。

せっかくの料理も、一緒に来た人との会話も、その騒音にかき消されてしまった。

結局、店に頼んで席を変えてもらった。

あのとき困っていたのは、私だけではない。
対応に追われる店側も、明らかに神経を使っていた。

騒ぐ客だけでなく、静かに食事をしたい客も、そして店も、全員が損をしている構図だった。


静けさもまた、価格のうちである

静かに食事を味わいたい人、
落ち着いて会話したい人にとって、
周囲の騒音は、料理の味を左右するほどの要素になる。

静けさは、単なる付加価値ではない。
それ自体が、料金の一部だと私は思う。

安い店には安い店のにぎやかさがあり、
高い店には高い店なりの静けさがある。

それは、価格帯ごとの「暗黙の約束」でもある。


年齢制限の本当の理由は「トラブル回避」?

今回の報道を読むと、店側が年齢制限を設けた理由ははっきりしている。

・騒がしくなる
・不満が出る
・空気が悪くなる

問題は年齢そのものではない。
世代の違いが生む、価値観や振る舞いのズレなのだろう。

若い世代は多少騒いでも流せる。
同世代同士なら、にぎやかさも楽しい。

一方、年齢を重ねた客は、料理やサービスへの期待値が高くなり、不満を抱きやすくなる傾向がある。

そこに異世代が混ざると、小さなズレが大きなトラブルになる。


排除ではなく「空気の交通整理」

重要なのは今回の年齢制限が「排除ではない」点だ。

40歳以上お断りを掲げる店でも、店内が騒がしいことを了承すれば案内する場合がある。

25歳以上限定の店も、若い客を近隣の別店舗へ誘導するなど、柔軟に対応している。

これは年齢差別というより、「店の空気を守るための交通整理」に近い。

誰かを排除するかではなく、どの世代をどの場所に集めるか。
その設計をしているだけなのだと思う。


いま、飲食店経営で最も怖いもの

いまの飲食店経営で、もっとも怖いもののひとつは「口コミ」だ。

SNSで
「あの店はうるさい」
「落ち着かない」

という評判が立てば、客足は一気に遠のく。

ひとつの悪い印象が、長年かけて築いた店の価値を、あっという間に壊してしまうこともある。

「空気」を守ることは、単なる快適さの問題ではない。
店の生存をかけた「戦略」そのものなのだ。


目先の売上より、長期の価値を守る

目先の売上を優先して、コンセプトに合わない客を入れ続ければ、短期的には利益が出るかもしれない。

だが長い目で見れば、店の評判は必ず悪くなる。

年齢制限は排除のためではなく、「店の価値を守るための経営判断」なのだ。


客もまた「空気」を買っている

飲食店が誰を迎え、誰を迎えないかを考える時代になった。

それは、料理の味を守るためであり、空間の質を守るためでもある。

そして客である私たちもまた、料理だけでなく、その店の空気を買っている。

そう考えれば、年齢制限を設けることは「サービスの一部」として自然な選択なのかもしれない。