【連載7】中しまりんの琴線深読みLab ~脳・身体・細胞を調律する、箏と音の科学~

「箏のことは知らないのに、なぜか懐かしくて涙が出る」
そんな感想を多くいただきます。
「琴線」とは、心の奥にある感動の糸であり、箏の弦そのもの。
ここは、箏Remedist・中しまりんが、音楽心理療法や量子力学の視点でその「不思議」を紐解く場所です。
脳が安らぐ周波数から、細胞を震わせる振動まで。
音が持つ「見えない力」を可視化し、あなたの心身を美しく調律するための実験室(ラボ)へようこそ。
AI時代の音楽体験を深読み!「完璧な音」が教えてくれた、和楽器と「1/fゆらぎ」の本当の価値
鼻歌が、1分で「作品」になる時代
ここ数日、SNSを開くと、AIで音楽を生成するサービスの広告をよく目にします。
実は私も、少し前に課金して試してみたことがあります。
鼻歌を入れると、あっという間に見事なアレンジが施され、完成度の高い楽曲が次々と生み出されていきます。
「和楽器を使用して」と指示を出すと、ものの1分で和の風味漂う、かっこいいアレンジが仕上がり、感動すら覚えました。
AIを使えば、人間の手では技術的に弾けないような超絶技巧や、実際の楽器の構造上不可能な和音の組み合わせも簡単に再現できます。
音楽生成AIの登場は、クリエイターにとって大きな機能拡張となるだけでなく、音楽制作のハードルそのものを劇的に下げました。
譜面が読めなくても楽器が弾けなくても、誰もが表現者になれる。つくづくすごい時代になったと思います。
けれど、その一方で、私はある種の「面白みのなさ」を感じてもいます。
どんなに完成度が高いと感じる楽曲でも、どこか似た印象で、心に引っかかるものがない感覚……。 AIは構造的・技術的な不可能を可能にしますが、その一方で、演奏に宿る微細なズレや息遣い、いわば「人間臭さ」が薄れるとも言えます。その「完璧さ」ゆえに、聴き手が入り込む余白が失われているような気がするのです。
心地よさの正体「1/fゆらぎ」と倍音
その違和感の正体を探る中で行き着いたのが、「1/fゆらぎ(エフぶんのいちゆらぎ)」という概念です。
1/fゆらぎとは、規則正しさと不規則さがちょうどよいバランスで調和したパターンのことを指します。完全に規則的でもなく、まったくのランダムでもない絶妙なゆらぎ。
自然界に多く存在し、小川のせせらぎ、波の音、星の瞬き、そして人間の心拍の間隔などもこの1/fゆらぎを持っていると言われています。
人がこれを感じると、生体リズムと共鳴し、深いリラックス効果や心地よさを得られるといいます。
そして、尺八や三味線、箏といった和楽器の音色には、この1/fゆらぎが豊かに含まれていることが知られています。
さらに、和楽器の音には「倍音」が非常に多く含まれています。倍音とは、楽器を鳴らしたときに出る基本の音(基音)以外の、より高い周波数の音のことです。この複雑な倍音の重なり合いと1/fゆらぎが組み合わさることで、和楽器特有の、深く心に染み入るような響きが生まれるのです。
実際に、現代のエンターテインメントにおいてもその魅力は注目されており、1/fゆらぎをテーマにした作品も多く作られています。ある人気アニメの楽曲の「1/fゆらぎバージョン」には、和楽器も使用されていました。
今のソフトウェア音源は優秀で、実際の楽器の音と遜色ない音色を奏でてくれます。 でも、やはり生の楽器とは違うと感じます。弦の擦れる音や三味線でいうところの「さわり」まで精巧に再現されるようにはなりましたが、それらはプログラムされた音であり、生身の人間が楽器と共鳴しながらその場で生み出す唯一無二のゆらぎを持たないからです。
「命の響き」は再現できるか
AIやソフトウェアで生成した和楽器の音に、生の楽器と同じような倍音はあるのでしょうか?
数式で再現された1/fゆらぎは、表面的なリラックス効果を生むかもしれませんが、楽器の材質や演奏者の身体性から生まれる偶発的な「命の響き」までは再現できません。
高度なデジタル技術でどんな音でも瞬時に作れる今の時代だからこそ、逆に「生の音」を聴く、楽器に触れるといったリアルな体験が極めて大事になっている——私はそう考えています。
もちろん、優れたスピーカーを通せば、音の振動自体は十分に感じることができます。
配信やCDの音源も手軽で素晴らしいものです。しかし、デジタル化された音源の多くは、データ容量やノイズカットの都合上、人間の可聴域を超える高い周波数の倍音が削ぎ落とされていることが多いです。
生の楽器でなければ全身で浴びることのできない倍音がある、とも言われています。
耳では聞こえなくとも、皮膚や身体全体で感じとる微細な振動エネルギー。
それこそが、私たちの心と身体の奥深くに直接響き、「共鳴」をもたらす鍵なのだと思います。
生身の人間が、その日の気温や湿度、楽器の状態を感じとりながら奏でる一期一会の音。
そこには、計算では決して導き出せない、生命力に溢れた究極の「1/fゆらぎ」が存在しています。
AIが手軽に音楽を作ってくれる時代は、確かに便利で刺激的です。
だからこそ、その便利さとどう共存していくか、が問われています。
明確に認識できているものはわずか4%ほどにすぎない、ともいわれている私たちの世界。
残りの96%は、見えない何かで満ちている——
だとすれば、耳では捉えきれない倍音を身体ごと浴びるという体験は、その96%の世界に触れるきっかけになるのかもしれません。
大切なのは、見えない世界を感じとる感性を、私たち自身のなかに育てていくこと。
デジタル全盛時代だからこそ、琴線を震わせる「生の体験」を重ね、目には見えない何かを受け取る力を、これまで以上に大事にしていきたいと改めて思うのです。

連載第6回目はコチラから。
【出典・参考・関連リンクなど】
・武者利光『ゆらぎの発想 1/fゆらぎの謎にせまる』NHK出版
・ハイパーソニック・エフェクト(原著論文, Journal of Neurophysiology 2000)
・オーディオテクニカ「超高周波『ハイパーソニック・エフェクト』が心身に与える影響とは?
深読みポイント
- 心は「完璧」ではなく「ゆらぎ」に反応する:人が安らぎを感じるのは、自然界と同じ不規則なゆらぎ。整いすぎた音ではなく、ズレやにじみのある音こそが、琴線に触れる入口になる。
- 音は耳で「聴く」より、身体で「浴びる」:音は空気の振動そのもの。耳に届く音の向こうには、全身で感じとる響きがある。生の音の体験とは、聴覚だけでなく、身体全体の感覚を開くことである。
プロフィール
中しま りん / 箏アーティスト・箏Remedist
富山県出身。5歳より箏を始める。シンガーソングライターを経て、2004年より箏アーティストとして本格的に活動を開始。ピアノやギターとのアンサンブルを軸に、伝統の枠を超えた音楽制作を行う。
2025年には、自作曲『爛漫』がゆずの楽曲『尤』(テレビアニメ『ポケットモンスター エピソード:メガシンカ』主題歌)のモチーフに採用されたほか、日本テレビ系ニュースのお天気テーマへの楽曲起用、文化庁事業による全国100校以上での公演など、国内外で幅広く活動。

こうした多彩な表現活動を展開するなかで、近年は「音と人の深層」への探求を深める。
ドイツ・ハンブルク国立音楽大学提携プログラムによる音楽心理療法を学び、現地の病院で実習に参加するなど研鑽を積む。現在は、箏の持つ音響特性に加え、演奏時の脳機能や身体運動、心理的プロセスなど、多角的な視点からそのメカニズムを統合的に捉え直し、自閉症児へのセッションなど実践的なアプローチを行っている。
演奏家の枠を超え、箏を「心と身体を整えるエネルギー療法のツール」として再定義するその活動は、伝統文化の新たな可能性を広げている。
ジャズピアニストとのユニットYAMATO LOUNGE、絵本読み聞かせコラボ、マルチメディアユニットCOMNAL、ポッドキャスト番組「スナックちゃべ」のパーソナリティ、Otonamiでの寺院体験演奏など、多岐にわたる活動を通じて現代における癒しと再生を提案している。
リンク
琴線Lab HP
大人のための非日常体験Otonami 箏体験
https://otonami.jp/experiences/nakashimarin-2ryomon
最新情報・イベント出演情報
あつぎ伝統芸能フェス 和楽器教室
日時:2026年7月29日(水) 12:00〜18:00 ※中しまりんの参加はありません。
8月5日(水) 13:00〜18:00
8月25日(火) 12:00〜18:00
※各回60分程度(入れ替え時間を含む)
受講料:無料
楽器:三味線・箏・尺八
課題曲:「さくら」など
対象:小・中学生とその保護者
場所:あつぎ市民交流プラザ(アミューあつぎ)Cスタジオ
お問い合わせ:sitemsm@gmail.com


