【連載8】中しまりんの琴線深読みLab ~脳・身体・細胞を調律する、箏と音の科学~

「箏のことは知らないのに、なぜか懐かしくて涙が出る」
そんな感想を多くいただきます。
「琴線」とは、心の奥にある感動の糸であり、箏の弦そのもの。
ここは、箏Remedist・中しまりんが、音楽心理療法や量子力学の視点でその「不思議」を紐解く場所です。
脳が安らぐ周波数から、細胞を震わせる振動まで。
音が持つ「見えない力」を可視化し、あなたの心身を美しく調律するための実験室(ラボ)へようこそ。
誰にでもある? 感性のスイッチを深読み 〜園児たちに教わった、心のひらき方〜
箏の音色で目覚めた、ある男の子の表現力
今年度から、ご縁があってとある保育園でゲストティーチャーを務めています。
絵・ピアノ・箏・俳優の4人によるアートユニット「COMNAL(コムナル)」として、毎回2人ずつペアを組んで園を訪れています。
先日は、絵の担当メンバーと私で伺いました。
その日のテーマは「水」。
園児たちには、「水にまつわる箏の曲を弾くから、思い浮かぶものを自由にお絵描きしてみよう」と投げかけました。
普段聞き慣れない箏の響きに、じっと耳を傾ける子どもたち。
曲を弾き終えたあとも、私はそのまま即興で音を鳴らし続けていました。
その音の中で、1人2人と絵を描き始めます。
画材は、自然由来の優しい色合いの蜜蝋(みつろう)クレヨン。
色の種類は多くありませんでしたが、子どもたちはそれぞれの感性で色を選び、足りない時は分け合っていました。
しばらくして箏から離れ、私も子どもたちのそばへ。
描き終えた頃、ふと「発表したい子は、してくれる?」と声をかけてみました。
ひとりの男の子が、自分の絵を見せてくれました。
川や木々、月が画用紙いっぱいに描かれた、細やかな世界。
驚いたのは、あとでこっそり先生が教えてくださった内容でした。
実はその男の子は普段とてもおとなしく、自分から何かを表現するタイプではないそうです。
最初じっと聴いていたその子は、私が即興で音を鳴らしている途中で、
堰を切ったように「バァーッ」と勢いよく描き始めたというのです。
いつもと違うその様子に気づいた先生が、「発表してみたら?」と声をかけ、
その一言に背中を押されて、彼はみんなの前に立ったのでした。
「いつも見ている園児の、まだ知らない一面を見ることができて嬉しいです」
先生は、そう言って喜んでくださいました。 赤い波や銀色の川、
海の中から生える大きな木——他の子どもたちの世界も、自由が溢れていました。
感性のスイッチは、どんなきっかけで入るのか?
この出来事を振り返りながら、私は考えました。
感性のスイッチは、どんなきっかけで入るのだろう?
そしてそれは、何歳になっても入るものなのだろうか?
きっかけは、数え上げればきりがないのだと思います。
今回のケースで言えば、その日の場の空気、集まった子どもたちの組み合わせ、園という場所そのもの。
中でも、私が特に大きいと感じたものを、三つ挙げてみます。
一つは「非日常の体験」。
普段の生活では触れることの少ない、箏の生演奏。
弦の振動は、耳だけでなく身体にも届きます。
その刺激が、子どもたちの想像力をかき立てた可能性。
二つ目は「制限」です。
もし色が何十色も揃っていたら、逆に迷ったり、見たままの現実的な色を塗ったりすることに終始したかもしれません。
少ないからこそ、「この音はどんな色だろう?」と、自らの内側にある感覚をフル回転させる力が湧いたのではないでしょうか。
そして三つ目が、「見てくれている人の存在」です。
先の男の子が夢中で描き始めたのは、内側から湧き上がったものでしょう。
けれど、人前で発表するところまで進んだのは、いつもと違う様子に気づいて声をかけた先生がいたからです。
感性のスイッチは、必ずしもひとりで入るわけではない。
気づいてくれた人の一言が、最後のひと押しになることがある。
言葉ひとつの大きさを、目の当たりにした瞬間でした。
大人になるにつれて「感性を閉じる」理由
では、この「感性のスイッチ」は子ども特有のものなのでしょうか。
箏の活動を通して私が感じるのは、スイッチは年齢に関係なく誰の中にもあり、きっかけさえあれば何歳になっても入る、
ということです。
しかし私たち大人は、社会に出るにつれて、無意識のうちにそれを「オフ」にしてしまっています。
感情をコントロールし、場の空気を読み、論理的に物事を進める。
喜怒哀楽を素直に出せば、時に「大人げない」と言われてしまう。
これは、決して悪いことではありません。

周囲と協調して生きていくために、私たちが身につけた「鎧」だからです。
問題なのは、その鎧を脱ぐ場所がなくなり、スイッチの存在すら忘れてしまうことです。
「正解」や「効率」が求められる日々の中で、「ただ感じるだけの時間」は真っ先に削ぎ落とされていきます。
では、「鎧を脱ぐ」とき、私たちの中では何が起きているのでしょうか。
少しだけ、脳科学の視点を借りてみたいと思います。
あの日、子どもたちがしていたのは、いわば「即興」でした。
手本も正解もなく、その場で湧いてきたものを、そのまま画用紙に出していく。
ジャズピアニストが即興演奏をしている時の脳活動を調べた研究(Limb & Braun, 2008)があります。
覚え込んだ音列をそのとおりに弾く時と比べ、即興で自由に演奏している時には、「自己を監視・検閲する領域(背外側前頭前野)」の活動が広く低下し、反対に「内発的な自己表現に関わる領域(内側前頭前野)」が活性化した、と報告されています。
研究の対象はプロのジャズピアニストですから、そのまま園児に当てはめることはできませんが、
「正解のないものを、その場で自分の内側から出す」という点では、あの日の子どもたちと重なるように思います。
自由に表現している時、脳は何かを足しているのではなく、見張りをゆるめている。
私たちの「鎧」とは、まさにこの「間違えたらどうしよう」「場の空気に合っているだろうか」と
自己検閲する脳のブレーキのことなのでしょう。
正解のない世界に、正解を探す
思えば、あの日スイッチが入っていたのは、子どもたちだけではありませんでした。
実は当初、発表の時間は予定していませんでした。
描いている様子を見ているうちに、これは誰かに伝えたい子がいる、と感じ、その場で口をついて出た言葉です。
考えて決めたというより、思わず動いていた、という感覚でした。
一方で、心残りもあります。
子どもたちの絵を前に、私の口から出てくるのは「すごいね」「綺麗だねぇ」ばかりでした。
ある子は、「酸素も水だよ」「火星にも水があるよ」と教えてくれました。
「どう返すのが正解だったのだろう」と、いまだに考えてしまいます。
でも、そうやって「正しい返し方」を探してしまうこと自体が、私が身につけた大人の鎧なのかもしれません。
自分の鎧を脱ぐことと、誰かが鎧を脱ぐきっかけになること。
あの日の私には、その二つが地続きに感じられました。
私の鳴らす音が、誰かのスイッチを押すきっかけになったなら。
そう考えると、次に箏の前に座るのが、少し楽しみになります。
連載第7回目はコチラから。
【最新情報・イベント出演情報】
CAMPLUGGED vol.9
出演:YAMATO LOUNGE(中しまりん / 箏、後藤魂 / ピアノ)
出演日時:2026年10月10日 13:00〜13:40
詳細は、下記サイトをご覧ください。
https://www.biotopia.jp/mebyofes/
【出典・参考・関連リンクなど】
● COMNAL https://www.comnal.org/home
● Limb CJ, Braun AR (2008) Neural Substrates of Spontaneous Musical Performance: An fMRI Study of Jazz Improvisation. PLoS ONE 3(2): e1679. https://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0001679
深読みポイント
- 感性を「閉じる」のは生き抜くための知恵:大人が感性に鎧を着せるのは、社会に適応するために身につけた処世術。だからこそ意図的に鎧を脱ぎ、「ただ感じるだけの時間」を持つことが、心の健やかさにつながります。
- スイッチは、ひとりでは入らないことがある:表現が動き出す瞬間には、それに気づいて声をかける誰かがいる。上手い下手を評価するより、いつもと違う様子に気づける人の存在が、場の創造性を左右する。
プロフィール
中しま りん / 箏アーティスト・箏Remedist
富山県出身。5歳より箏を始める。シンガーソングライターを経て、2004年より箏アーティストとして本格的に活動を開始。ピアノやギターとのアンサンブルを軸に、伝統の枠を超えた音楽制作を行う。
2025年には、自作曲『爛漫』がゆずの楽曲『尤』(テレビアニメ『ポケットモンスター エピソード:メガシンカ』主題歌)のモチーフに採用されたほか、日本テレビ系ニュースのお天気テーマへの楽曲起用、文化庁事業による全国100校以上での公演など、国内外で幅広く活動。

こうした多彩な表現活動を展開するなかで、近年は「音と人の深層」への探求を深める。
ドイツ・ハンブルク国立音楽大学提携プログラムによる音楽心理療法を学び、現地の病院で実習に参加するなど研鑽を積む。現在は、箏の持つ音響特性に加え、演奏時の脳機能や身体運動、心理的プロセスなど、多角的な視点からそのメカニズムを統合的に捉え直し、自閉症児へのセッションなど実践的なアプローチを行っている。
演奏家の枠を超え、箏を「心と身体を整えるエネルギー療法のツール」として再定義するその活動は、伝統文化の新たな可能性を広げている。
ジャズピアニストとのユニットYAMATO LOUNGE、絵本読み聞かせコラボ、マルチメディアユニットCOMNAL、ポッドキャスト番組「スナックちゃべ」のパーソナリティ、Otonamiでの寺院体験演奏など、多岐にわたる活動を通じて現代における癒しと再生を提案している。
リンク
琴線Lab HP
大人のための非日常体験Otonami 箏体験
https://otonami.jp/experiences/nakashimarin-2ryomon
●COMNAL
●Limb CJ, Braun AR (2008) Neural Substrates of Spontaneous Musical Performance: An fMRI Study of Jazz Improvisation. PLoS ONE 3(2): e1679.
最新情報・イベント出演情報
CAMPLUGGED vol.9
出演:YAMATO LOUNGE(中しまりん / 箏、後藤魂 / ピアノ)
出演日時:2026年10月10日 13:00〜13:40
詳細は、下記サイトをご覧ください。
https://www.biotopia.jp/mebyofes/


